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新型コロナウイルス感染症の終息が見えない中での業績予測

新型コロナウイルス感染症の終息が見えない中での業績予測

 中田 清穂(なかた せいほ)

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で多くの上場企業が通期予想を非開示としています。

そんな中、5月12日の日本経済新聞(愛知版)で「トヨタ社長、通期予想あえて開示 再始動へ『基準必要』」という見出しの記事が掲載されました。
5月12日のトヨタ自動車の決算発表で、2021年3月期の売上高は前期比20%減の24兆円、連結営業利益が前期比80%減の5000億円になりそうだと発表したのです。
現時点で将来を予測するには、不確実で不透明なことが多すぎる中での「将来予測」をしたのです。

「将来予測」をする上で、確実に抑えておきたい項目には、ざっと上げるだけでも、次のようなものがあります。

  1. 感染症はいつ終息するのか、
  2. 営業自粛要請はどの地域・どの業種で、いつ緩和されるようになるのか。
  3. 効果的な治療薬はいつ開発され大量生産されるのか。
  4. ワクチンはいつ開発され使用できるようになるのか。
  5. 感染症の終息後、人々の生活にどのような変化が起きるのか。
  6. 世界の感染症の終息、第2波、渡航制限の緩和の状況。

などなどです。

多くの上場企業が通期予想を非開示とするのももっともなことです。

「不確実性が極めて高い状況で業績予想を開示することは『無責任』だ!!」という財務担当役員の方もいらっしゃいます。
もっともなことです。

そんな状況において、トヨタ自動車の豊田社長は、なぜ業績予想を発表したのでしょうか。

前述の記事では、以下の発言が記載されています。

「1つの基準を示すことが必要だと思った。(トヨタが見通しを出すことが)いろんな人の生活を取り戻す一助になる。関係各所が何かしらの準備もできる」

つまり、「不確実性が極めて高い状況で、私(豊田社長)の「予測」をひとつのモノサシにしてほしい」という考えが感じ取れます。

業績予想で必要なのは、売上や利益がいくらになるかということよりも、その予想の前提として、経営者は将来をどのように見立てて経営をしているのか、 その「前提や仮定」です。

その経営者の将来の見方が、投資家自らの見方と大きく食い違っているかどうかを見極めることが、投資意思決定をする上で、もっとも重要なことだと思います。

この記事だけでは、この業績予想の前提となる「一定の仮定」が全く見えなかったので、疑問と物足りなさを感じました。

しかし、実際の決算短信を見ると、以下の「仮定」が明示されています。

  1. 世界の自動車市場は、全体として2020年4月から6月を底に徐々に回復する。
  2. 2020年の年末から2021年の前半にかけて、前年並みに戻る。
  3. 影響は広域かつ甚大で、深刻であり、当面は弱い動きが続く。

感染症の終息による自動車市場の動向という「将来事象」が発生する「時期」と「程度」が示されています。

あとは、(1)から(3)の内容が起きる可能性がどのくらいなのか、その「確率」らしき表現があると、私としては100点満点です(僭越ですが(笑))。

以上のことを、全く別の表現で説明すると、以下のようになります。

不確実なことについて、数字で見えるようにするのが「統計的手法」です。
「統計的手法」は、不確実なことについて、「仮定」をきちんと示して、「ばらつき(幅や程度)」と「確率(発生可能性)」で「予測」を示すのです。
「予測」は外れます。

しかし外れた原因は、「仮定」が明示されていたことで、突き止めやすくなるのです。
「予測」が外れるのは、ほとんど「仮定」が不足していたり、間違っていたりしたからです。
であるならば、次の「予測」を立てる際には、前回の「反省」を生かして「仮定」を改善・修正して立てれば良いのです。
これを繰り返していくうちに、予測の「精度」が上がっていくのです。

したがって、多くの上場企業が通期予想を非開示としていますが、それでは、経営者が将来をどう見ているのか、
どのような前提・仮定で経営を行っているのか、なども全く見えなくなります。

果たして、将来は全くわからない、と言いながら経営をしている社長がいたならば、誰がついていくでしょう。誰が取引をするでしょう。

大切なことは、「将来の売上や利益がどうなるか」ではなく、「経営者がどう対応しようとしているのか」ということを、社内外に発信することだと思います。

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