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第55回「闇に葬られてしまった有給休暇引当金問題」|IFRS徹底解説

第55回「闇に葬られてしまった有給休暇引当金問題」|IFRS徹底解説

 中田 清穂(なかた せいほ)

平成28年7月25日、企業会計基準委員会(ASBJ)において、「IFRS 適用課題対応専門委員会に報告すべき適用及び解釈に関する項目の検討」が行われました。

ASBJのサイトに添付されている資料(以下「検討資料」)を見ると、

「関係者に対するヒアリングからは、『企業が支払うと見込まれる追加金額』をどう測定するかについて、解釈が複数存在し、各々の解釈に応じた実務が行われていることが確認された」(検討資料9ページ目17項)にも関わらず、

「複数の解釈による実務が数年にわたり幅広く行われている中で議論を行うことについては、関係者の理解を得ることは難しいものとも考えられる」(検討資料9ページ目18項)とされています。

これまでこのコラムで再三とりあげたように、日本の各企業の有給休制度にはほとんど違いがありません。
そして、IFRSでは、IAS第19号「従業員給付」のBC27項に、「個別後入先出法」が選択されていることが明記されています。
つまり、日本で有給休暇引当金を計上する場合、「個別後入先出法」以外の方法で測定することは、ほとんどできないはずなのです。

しかし、この検討資料を見ると、以下のような検討の流れになっていることがわかります。

  • 日本の各企業の有給休制度にはほとんど違いはない
  • IFRSでは「個別後入先出法」で測定することのみが明記されている
  • しかし、なぜかIFRS解釈が複数存在し、各々の解釈に応じた実務が行われている
  • 実務が数年にわたり幅広く行われてきた今となって統一的な解釈を促すような
    動きをすることは、「関係者の理解を得ることは難しい」

とんでもないことです。
多くの人々がオカシイと感じているのに、是正しないということです。

「間違っているのはわかっているけど、正さない」ということです。

これで日本の企業のための会計基準を高品質にするなどと言われても、誰が期待できるでしょうか。

このような対応をしていては、日本の資本市場の透明性を高めて、投資家の利益を守り、日本企業の成長・発展に貢献すべき、ASBJ、日本公認会計士協会及び監査法人などが、「関係者」としての役割を、今後もきちんと果たさないことが予想されます。

このような対応に、私は強い憤りと失望を感じます。

今や、少子高齢化・低利益率が重要な課題となり、日本の資本市場の価値を高めるべきタイミングです。
また、最近の監査・会計制度に向けられた不信感を挽回すべき時です。

そのタイミングでのこのような対応を放置していてもよいはずがありません。

この有給休暇引当金を計上する際の解釈について、私にも相談が来ています。
私は、「後入先出法」しかIFRSでは認められないと回答します。
しかし相談された企業を監査している公認会計士が、「先入先出法」しか認めないということです。
理由を求めても、「当監査法人の解釈だから」ということで、専門家である担当会計士としての、納得できる説明がないとのことです。

公認会計士法第30条の2項には、以下の懲戒処分規定があります。

「公認会計士が、相当の注意を怠り、重大な虚偽、錯誤又は脱漏のある財務書類を重大な虚偽、錯誤及び脱漏のないものとして証明した場合には、内閣総理大臣は、前条第一号又は第二号に掲げる懲戒の処分をすることができる。」

この項の「虚偽」は、「故意」ではありません。
平たく言えば、「間違い」です。

IAS第19号「従業員給付」BC27項で「個別後入先出法」が選択されていることが明記されているのに、「先入先出法」で測定することは、「間違い」です。
この間違いが、その企業にとって重大であるにもかかわらず、その財務諸表に無限定適正意見を表明することは、
「公認会計士が、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した場合」に該当すると思います。

したがって、今後、IFRSを適用する企業で、会計監査人が「先入先出法」しか認めない状況に遭遇したら、公認会計士法での懲戒処分になりうることは、伝えておくべきでしょう。

最悪なのは、過去「先入先出法」しか認めなかったのに、ある事業年度からは、「後入先出法」が適切だということで、見解を180度変更される場合です。
この場合「重大な誤謬」となり、「遡及」することまで、同じ会計監査人から要求される羽目になるでしょう。
このことについて、監査法人は全く責任を取らないでしょう。

監査法人とはそんなところです。
自分の失敗や責任は棚に上げて、とにかく「より適切な財務諸表にしないとOK出しませんよ」です。

ちなみに、平成28年7月25日、企業会計基準委員会(ASBJ)のサイトにあるWebcastを見ると、この有給休暇引当金の問題をIFRS 適用課題対応専門委員会に引き継がないという結論について、柳橋委員は次のような内容の発言をされています。

複数の解釈がなされている状況で、ある監査法人から「これしかダメだ」ということで会計処理をした後で、監査法人の変更などで会計監査人が交代したら、「これまでの処理ではダメだ」ということになる可能性がある。
非常に実務的なご意見ですね。
このような意見が出た後でも、闇に葬られることになったのです。

もう誰も救ってくれません。

これからIFRSを適用する企業は、自分で会計監査人を説得するほかありません。
ぜひこのコラムをご利用ください。

【参考にしたサイトのURL】

7月25日にASBJで検討された「IFRS 適用課題対応専門委員会に報告すべき適用及び解釈に関する項目の検討」の資料は以下です。
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160725/20160725_03.pdf

平成28年7月25日、企業会計基準委員会(ASBJ)のサイトにあるWebcastは以下のURLの
「2.IFRSのエンドースメントに関する作業部会における検討状況」です。
(柳橋委員のご発言は、約18分40秒経過したタイミングです)
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160725/20160725_webcast.shtml

【これまでこのコーナーで取り上げた有給休暇引当金のコラム】

第21回:有給休暇引当金を計上しないケース
https://www.superstream.co.jp/column/tettei-vol-021

第22回:有給休暇引当金の対応事例
https://www.superstream.co.jp/column/tettei-vol-022

第34回:有給休暇引当金開示の実態と分析
https://www.superstream.co.jp/column/tettei-vol-034

以上

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